じめに

 組織学的な診断特に外科的バイオプシーについて基本的な事項に関して簡単に説明する。

 今回は、病理診断を行う前に知っておかなければならない基本的な事項について記述する。これらの事項を良く把握せずに外科的に切除した腫瘤を病理診断医の所に送っても期待した結果あるいは、最悪の場合には病理診断が不可能という結果が発生する。また、腫瘍の種類によっては単純に切り取った腫瘤あるいは結節をホルマリン液に入れるだけではなく、腫瘤あるいは結節を切除する際に注意しなければならない事項がある。また、これらの事項を実行しなければ診断あるいはその腫瘍の予後を判断できなくなる場合がある。

 最後に、組織あるいは細胞診を行う際に最も大切なことは臨床獣医師と診断を行う病理診断医との情報交換とその診断についてお互いに検討することである。

織固定

 組織検査を行う上で最も重要なことは、組織を切除後出来るだけ早急に固定することである。切除によって、一旦組織への血液供給がなくなると、組織自体は、自己融解を起こす。このため、切除した後時間の経った組織を固定液の中に入れても組織自体は自己融解のために診断不可能となっている。また、皮膚のパンチバイオプシー等では、切除後無影燈などの強い光の当たっている手術台等に約5分ほど放置しておくと、顕微鏡検査によって分かる程度の組織の破壊が起こる。

 外科手術によって大きな腫瘤を切除した場合は、その組織をそのまま固定液に漬けてはならない。なぜなら、固定液が組織内に浸潤できる距離はさほど深いものではないからである。そのため、脾臓に発生した多数の結節病変図1−1や大きな腫瘍図1−2は出来るだけ薄く切断して図2−1、2固定液に入れる必要がある。乳腺腫瘍に関しては、乳腺腫瘤の切断そして付属リンパ節の検索そして局所リンパ節の検索とこれらの診断が重要である。中心部分の壊死部位は診断的価値がないため除外する必要がある図2−3、4。通常固定後病変の色調や大きさが変化するために、切断前の肉眼的状況(形状、色、大きさ、硬度等)を病理検査を行う獣医師に分かりやすく図を作成したり説明文あるいは写真を取ることが必要である。また、骨の病変図3−1あるいは骨を含む病変図4−1a、1bでは、切除後最初に切除した検体のX線撮影を行うべきである。この理由としては、切除した組織の外科的境界(Surgical margins)が病変から十分な距離を取って手術が行われたことを確認すること(腫瘍細胞が組織の境界部への浸潤の有無:図4−2a、2b)。そして、組織検査を行う正確な部分を決定するためや腫瘍の骨での広がりを確認するためにX線撮影図3−2を行う必要がある。大腿骨などの筋肉の多く付着している部分での骨の病変では周囲の筋肉を出来るだけ切除して図3−3固定液に入れる必要がある。

 その他の検体としては、肝臓や腎臓のTrue cutによる組織検体や鼻腔粘膜などの小型あるいは容易に形状が変化を起こすような検体はあらかじめ切除後固定用のカセットにスポンジを下あるいは上下に入れて図5a図5b図5c−1〜3固定液に入れる必要がある。

性緩衝ホルマリン

 最も一般的に使用されているものは、10%の中性緩衝ホルマリンである。ホルマリンは、組織分子(主に蛋白や核酸)に結合している水を取り除く。その結果、分子は変形し加水分解酵素に抵抗性のある組織となる。このため、全ての生きている細胞にこの作用が起こるため固定後に細胞の細菌あるいは真菌培養は実施不可能である。このために、例えば、免疫介在性の皮膚疾患を疑う例では、通常の組織検体に加えて、免疫染色と培養のための検体を別に採取しておく必要がある。

 ホルマリンは、最も良い固定液である。しかし、ホルマリンは酸素に接触するとギ酸に変化する。ギ酸は組織の固定力が弱いばかりでなく、血液色素と反応して茶色の顆粒(酸化ヘマチン)を形成し組織診断を困難にする。また、長期間ホルマリンを放置しておくとパラホルムアルデヒドに変化する。これは、溶解性が低く組織への浸潤性も低下し結果的には組織を十分固定できなくなる。このような問題を回避するためには、リン酸ナトリウムを使用してpH7.0に維持することと、一年以上経ったホルマリンは新しいものと交換する必要がある。

 組織を固定する過程で、ホルマリンは水分を取り除くために組織検体が収縮する。このために、薄い組織あるいは皮膚のパンチバイオプシーでは形状が変形することを防止するために木製の舌圧子などを使用して形状は変化しないようにする図6−1〜8

 このホルマリンによる組織の固定速度あるいは浸潤速度は、24時間で約6mm程度である。固定に際しては検体に対して少なくとも10倍の容量のホルマリン液が必要である。最も重要なことは、一般的にホルマリンは1cm以上の厚さの組織には浸潤しないということである。このことより図2−1、2に示した様な操作が必要となる。

 最後に、ホルマリンは毒性であり、皮膚や粘膜に対して大変刺激性であり発癌性物質であると疑われている物質であることを念頭にいれる必要がある。

ッシェル液

 ミッシェル液は、皮膚や腎臓の検体において免疫介在性疾患を疑い免疫蛍光検査を行う場合に、切除後直ちに凍結切片が作成できない際に使用する。

 しかし、ホルマリンと異なる点がいくつかある。

1) ホルマリンよりも組織への浸潤性が低い。このため、検体は通常ホルマリン液に入れるものよりも小型にする必要がある。

2) ミッシェル液は免疫検査を行うための抗原性に変化は与えないが、形態を保存することは出来ないためにホルマリンの代わりに保存液として使用することは出来ない。

3) ミッシェル液は、組織を固定するというよりもむしろ保存するために使用する。このため限られた期間(7〜14日)しか保存が可能ではない。

定後の検体の処理

 ここでは、固定後の検体を実際に切片作成用のカセットに入れるためにその大きさに切断する操作を行う。ここで少なくとも注意しなければならない事項が二つある。

腫瘍の切断方法。

1) 診断可能な部分(自己融解を起こしていない部分、完全に固定されている部分)を切断することである。図7−1に示したような非常に大きな脾臓に発生した腫瘍などは、薄い切片を作成しても中心は固定されていない図7−2場合が多い。このような場合は、ホルマリン液に接していた最も近い部分の組織を検査することと、自己融解あるいは壊死(大型あるいは急速に成長している腫瘍では通常中心は壊死している)している部分は決して採材しないことである。

2) 切断の際には正常組織を可能な限り含んで行う。この理由としては、腫瘍あるいは病変によっては正常組織あるいは原発器官の組織がない場合に確定診断が不可能な場合がある図8こと。腫瘍の浸潤度合いあるいは外科的輪郭が十分に取られているかの判定図9、そして、腫瘍によっては予後の判定を行う図10ために重要である。

 腫瘤あるいは結節状病変の切り方であるが、通常3次元的に行う。図11−1の様な皮膚に発生した腫瘤では、まず中心の一面図11−2そしてそれに直角な両側の面図11−3を検査する必要がある。このような方法を取ることによって腫瘍の種類を確定するだけではなく、周囲組織への浸潤度合いも3次元的に検査可能となる。

片作成

 以上の処理が済んだ後に、検体はいくつかの過程を経てパラフィンに包埋されて、4〜6μmの切片となる。これらの操作を行うためには、少なくても12時間は必要である。以上のことより、ホルマリンの組織への浸潤時間そしてこれらの操作を入れると約2日近い時間が、病理診断を行う獣医師に組織切片が届くまでに必要なことが理解出来る。よって、以上の過程で種々の問題が発生した場合には組織診断あるいは予後判定が不可能であったり、再度この過程をやり直さなければならないという最悪事態が発生するのである。

色法

 通常組織診断を行う場合は、ヘマトキシリンエオジン染色によって99%と言っていいほど確定診断が可能である。しかし、感染病特に真菌感染などの場合はPAS染色図12−1あるいは腎臓の糸球体の変化を観察する場合図12−2にもこのPAS染色を行う。またその他にも特殊な細菌図13−1、2や血栓図14を観察するためにも特殊染色を行う。また、リンパ節への腫瘍細胞の転移を観察するために特殊検査を行なうこともある図15−1、2

免疫過酸化酵素法(Immunoperoxidase procedures)

 この方法は、比較的新しい染色方法であり、免疫グロブリンや種々のホルモンあるいは細胞内の特異的な物質を染色するものである。一般には、ABC complex法図16が用いられている。この方法によって細胞内の特異的な物質、例えば、IgG図17やCytokeratin図18等を染色することによって腫瘍の種類、例えば、上皮系か間葉系であるかの腫瘍の区別をする場合図19に実施される。この方法は、ホルマリン固定後パラフィン包埋した組織に対して染色可能であり、一旦染色した後には永久的に保存可能である。

免疫蛍光抗体法(Immunofluorescence )

 この方法は、通常皮膚の免疫介在性疾患や腎臓の糸球体での免疫沈着の有無を観察するために実施される方法である。この機序に関しては、図20に示した。免疫介在性の皮膚疾患に対するこの方法は、通常HE染色による組織切片によって確定できない場合に行うものであって、免疫介在性疾患の疑われる全ての症例に行うものではない。また、操作あるいは検体の状態によって偽陽性や偽陰性の結果が出ることが多いことから、HE染色によってほとんどの免疫介在性皮膚疾患は、確定診断が可能であることから、皮膚に関しては、この方法をあえて診断的検査に取り入れるかどうかには疑問視する意見もある。

織診断

 最後に、このような過程を経た組織切片が病理組織学的診断を行う獣医師のもとに届くわけである。的確な臨床症状、病変の肉眼的所見そして適切な病変(組織)の処理が実施されている場合には通常即座に組織診断を行なうことが可能である。腫瘍の場合には、必ず外科的に切除した組織の周囲に腫瘍細胞が浸潤していないこと(Free margins)を確認する必要がある。手術時の臨床獣医師への注意であるが、切除には組織を破壊するような操作は行わないこと(例えば、電気メスの使用)は、組織検査を不可能とするために重要なことである。大変な苦労をして外科的に切除したにもかかわらず、このような例では、診断的価値の無い組織あるいは診断不能という解答を出さざるをえないことがある。

 以上、簡単に組織診断を行なう際の注意事項と現在一般的に組織診断を行なうために病理診断を行なう獣医師が実施している方法について記述した。